カロリメーターマスターへの道 Vol.5
自力でトラブルシューティング その3~その4
その3 サーモグラムがシグモイドにならない!なぜ!?
※この記事の最後では、資料をダウンロードいただけます。
では仲村さん、次に測定結果の良し悪しについて考えてみましょう。パラメータを求めるためには良好なシグモイドカーブを描いていなければなりませんね。でも、時にシグモイドカーブが得られない場合もあります。主な原因はこちらに示したとおりです。
なるほど、そうですね。
それともう1つ、測定温度を上げることで反応が見えてくることもあるんですよ。
え!?そうなんですか?
エンタルピーは温度に依存して変化し、その関係はほぼリニアであることがわかっています。一般的に-0.2 kcal/mol/Kと言われていますので、5K(5℃)測定温度を上げれば-1 kcal/molになると考えることができます。非常に熱量が小さい相互作用の場合(相互作用はΔHの場合が多いので)、10℃程度温度を上げて測定をしてみるとよいかもしれませんね。
はい!覚えておきます。
そして、最も多いと考えられるトラブルはサンプル調製の不備、ですね。これらが原因で測定がうまくいかないのは残念なので避けるべきですね。
はい、前回の測定をした際に経験しました。バッファーミスマッチ、ですね。(詳しくは、カロリメーターマスターVol.4をご参照ください)
両方のサンプルが高分子であれば、透析を行ってバッファーの組成を揃えることが望ましく、低分子の場合は透析外液を使用して調製する、でした。まさかこんなに希釈熱に違いが出るとは思わなかったのでとても驚きました。
そうでしたね。そして、アフィニティが低いサンプルについても学びましたよね?
はい。私が準備したサンプルは濃度設定が適正でなくシグモイドカーブを描いていませんでしたが、測定例として数百 μMのアフィニティのサンプルではシグモイドを描けず、結合比を1に固定して解析することを学びました。(詳しくはカロリメーターマスターへの道 Vol.4 続きをご覧ください。)
完璧ですね!あとシグモイドカーブを描かないもう1つの可能性としては、アフィニティの異なる結合サイトが複数存在する可能性が考えられます。ですが、ITCの結果だけでは判断するのは危険ですので、その他の測定技術の結果と併せて、総合的に判断することが重要になります。
その4 想定外の結合比! なぜ!?
続いて結合比の考え方について復習してみましょう。本来であれば、1:1の結合で結合サイトが1つならば「1」という結合比が得られるはずです。ですが実際はそうならないことが多いですね。(詳しくは深田先生コラム1をご覧ください。)
はい。論文でも0.7とか、1になっていないものをよく見ます。ただ、あまりこのことについて議論はされていないと感じています。
その通りですね。では、結合比の情報からどのようなことが理解できるのかをもう一度見てみましょう。サンプルの濃度、純度、結合活性の有無が主な原因でしたね。
その通りですね。では、結合比の情報からどのようなことが理解できるのかをもう一度見てみましょう。サンプルの濃度、純度、結合活性の有無が主な原因でしたね。
はい。そうでした。でも、きちんと濃度を求めることはとても難しいと感じています。
そうですね。一般的には280 nm付近の紫外吸収ピークを利用することをお勧めしています。結合比が低く見積もられるもう1つの理由として、測定の濃度条件が適切でない場合もありましたね。結合比を決定するためには、測定結果がシグモイドカーブを描いていなければなりません。シグモイドカーブを描いていないデータでフィッティングを行うと、結合比は1よりも小さくなったり、あるいは解析不能になります。濃度設定を行う際、シミュレーションソフトウェアを使って、事前に適切な濃度を把握するようにしましょう。
では、最後にまとめてみましょう。
大丈夫、ですね?
はい!深田先生、ありがとうございました!システムの使い方、データを見るポイントなど、基本的なことを身に付けることができたと思っています。これからは実際に測定を繰り返して、経験を積んで行きたいと思います!
がんばってくださいね!
はい。がんばります!!
ITC測定の仕上げとして、システムのメンテナンス方法についてご案内します。良好なデータを取得するために、システムの状態を良好に保つことはとても重要です。ここでは、日ごろのメンテナンスから、消耗品パーツの交換方法などについてご紹介します。
通常のセル、およびシリンジの洗浄 □ 取扱説明書に従い、セルおよびシリンジの洗浄を実施する。 □ 14% Deccon 90(または20% Contrad 70)でセル、およびシリンジをリンスし、超純水で洗剤がの残らないようによく洗浄する。 □ 測定を終了するときは、両方のセルには必ず超純水を満たし、セルが乾燥しないように注意する。 |
以下の現象が見られたら、システムチェックを実施しましょう!
DP値がReference Power ±1μcal/sec以内に収まらない。
ベースラインがドリフトする。
ノイズが入る。
トラブルの原因がシステムにあるか、
サンプルにあるかを把握するためにもシステムチェックを実施します。
Step1 システムの洗浄 ◆セルの洗浄
滴定シリンジをサンプルセルにセットして操作しないでください!!
◆滴定シリンジの洗浄
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Step 2 システムチェックの実施
Experimental Parameters
Injection Parameters |
メンテナンスムービーを活用しましょう!
マルバーンのホームページで、MicroCal iTC200向けのメンテナンスムービーを公開しています。
システムに滴定シリンジを接続した状態で洗剤を使用して洗浄しても改善されない場合、お試しください。
滴定シリンジのプランジャーチップは消耗品です。測定条件にもよりますが、300回程度測定したら交換することをお勧めしております。
取り外した滴定シリンジ、および新しいものをセットする際にご参照ください。
何かいつもと違った現象が起きたときに、その原因と対処法がわかれば実験もスムーズに進められると思います。自力でトラブルシューティングができる知識を身につけていただけたら幸いです。
トラブルシューティングのまとめとメンテナンスのまとめの資料をご用意しています。
ご希望の方は必要事項をフォームに入力の上、ダウンロードしてください。
【ブログ後記】
今回でITCのご案内が最後となりました。皆様のご研究の一助となればと思い、筆者の経験を交えながら執筆させていただきました。いかがでしたでしょうか?
そして、このブログは、大阪府立大学 深田先生のご協力とご助言がなければ完成させることができませんでした。この場を借りまして感謝の意を表したいと思います。本当にありがとうございました。
とは言いましても、次回から始まるDSCのブログに関しましても、深田先生のお力を借りて作成します。これからもよろしくお願いいたします。そのために、10月早々にブログに掲載するアイデアをいただく目的で、先生のところにインタビューに伺いました。実際に測定をしている様子を見させていただき、どういうところに注意しているか?などについて伺ってきました。
深田先生のところに伺いますと、必ずお茶の時間を作っていただけます。(ブログでも先生が「お茶にしませんか?」とおっしゃっていたシーンがあったかと思います)美味しいコーヒーとお菓子をいただきながら、カロリメーターのこと、これまでのご経験など本当にいろいろなことをお話いただけます。時に授業のようになり、できの悪い生徒(筆者のことです)が基本的な概念について質問させていただいているのですが、とてもわかりやすくご指導してくださいます。先生を頼られていらっしゃる方が多い理由がよく分かる気がしました。
ITCのご案内はこれで最後になりますが、ご質問、ご意見、ご要望等ございましたら、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
ご清覧ありがとうございました。