カロリメーターマスターへの道 Vol.8
RNase AをDSCで測定してみよう!その2
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ここに登場する人物とストーリーはフィクションです。
テクニカルに関する内容に関しましては、大阪府立大学客員研究員 深田先生にご助言をいただいております。
ページ下の「ダウンロード」ボタンより、
本文中に登場する、VP-DSC 解析手順」がダウンロードできます。
(その1からの続き)
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翌朝、仲村さんがラボに到着すると、システムは10スキャン目が終了し、温度が下がっているところでした。 |
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コントロール測定のベースラインは安定してるわね。30℃くらいになったら圧力キャップを外して、サンプルの充填。サンプルをThermoVacを使ってTimerで脱気。脱気が終わったら、圧力キャップを外して、圧力センサーに圧力プラグをセット。今回はフィリングファンネルを使わず、セルにルアーキャップシリンジを接続したニードルを、底にぶつけないように静かに挿入し、サンプルセルの緩衝液を抜き取る。脱気したサンプルの充填完了。PreScan Thermostatの15分が終了して、Final Equilibration。DP値は限りなくゼロに近づいているのでOK! | ![]() |
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仲村さん。順調ですか? |
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はい、DP値も問題なさそうです。あとは測定結果を待つのみですね。 |
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そういえば、Number of Scansを変更しましたか? |
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あ、忘れていました。数字を11に変更して、Update Run Param.をクリック、ですね。危ない危ない。 |
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測定が開始されてからでも大丈夫ですよ。ただ、データを取得しているときに何かが起こると心配ですからね。 |
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肝に銘じておきます。 |
測定が終了し、Origin7.0 Real Time PlotでCompleted Scansボタンをクリックすると、以下のようなデータが表示されました。 |
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仲村さん、なかなかよいデータが得られましたね。 |
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ありがとうございます。でも、ベースラインが右肩上がりです。確か水-水測定のときもそうでした。これは問題ないのでしょうか? |
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この傾きは、サンプルセルとリファレンスセルの容積が厳密に全く同じになっていないから起こると考えられています。どうしても避けられない、システム由来のドリフトになります。ですが、DSCの実験では、必ずサンプル測定のデータからコントロール測定のデータを差し引きしますから、同じようにドリフトをしていたら相殺されるので問題がないことになります。 |
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つまり、データの良し悪しは、このベースラインの傾きの一致、ということになりますね。 |
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そうですね。 |
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傾きが一致しない場合は、セル内に気泡が混入したから、ということでしょうか? |
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その通りです。ベースラインの再現性が悪い場合、まずは気泡を疑いましょう。その気泡の原因は、セルが汚れていることに起因することもあります。 |
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ITCもDSCも、いかにセルをクリーンに保つか、が重要なんですね! |
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はい、セルがクリーンであることはとても重要です。あと、緩衝液の組成が異なってしまった場合もベースラインのドリフトに繋がりますから気をつけてくださいね。 |
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あともう1点。サンプルのレスポンスがコントロールのレスポンスよりも下に来ていることが大事です。今回もそうなっていますね。 |
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はい、そうですが、、、それはなぜですか? |
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コントロール、つまり緩衝液とサンプル溶液を比較すると、サンプルにはタンパク質が含まれている分、水分子のモル濃度が低いと考えられます。タンパク質よりも水の熱容量が高いことから、多く含まれている分高く熱量が出ることになります。 |
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そうなんですね。では、もしサンプルが高く出てしまった場合は、何が考えられますか? |
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緩衝液の組成が若干異なっているような場合に起こることがありますよ。 |
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それではシステムを洗浄してシャットダウンします。 |
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お疲れ様でした。続いて解析ですね。 |
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はい、とりあえずマニュアルに従って実施してみます。 |
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あら、デスクトップにこのアイコンがないわ、、、 |
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ご購入されたタイミングによって、デスクトップ上にMicroCal, LLC DSCのアイコンがなく、MicroCal Analysis Launcherがあるシステムもあると思います。 その方は、こちらのアイコンをダブルクリック後、MicroCal Data Analysis Click button to StartからVP-DSCをお選びください。その後の操作は、マニュアル通りとなります。 |
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そういえば、コントロールのデータが10スキャン分あるけれども、どれを選べばいいかしら。普通なら、サンプル測定に最も近いコントロールデータを使うべきよね。 |
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仲村さん、どうなさいましたか? |
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コントロールが10スキャン分あるのですが、このような場合、最もサンプルに近い10スキャン目を使えばよいのでしょうか? |
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そうですね。スキャンは繰り返せば繰り返すほど再現性がよくなっていきますから、今回の場合は10スキャン目でいいと思いますよ。ただ、最後のコントロール測定なのにデータにスパイクノイズが入ってしまったような場合は、その1つ手前のものを選ぶなとして対応する必要がありますね。 |
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はい、わかりました。ありがとうございます。ではサンプルが11スキャン目、コントロールが10スキャン目で2つのファイルを呼び出します。 |
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注)解析ソフトウェア上では、 Kcal/moleと表記していますが、正しくはkcal/molです。 | |
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仲村さん、解析も大丈夫そうですね。 |
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そうなんですが、ΔHが2つ出ています。値は近似しているのですが、どちらを採用すればよいのでしょうか? |
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仲村さん、それ、以前に質問されていましたよね? |
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??? |
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カロリメトリックエンタルピー変化(ΔHcal)とファント・ホッフエンタルピー変化(ΔHvh)の違い、ですよ。 |
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あ、忘れていました! |
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ΔHの下にvが付いているほうがファント・ホッフエンタルピー変化ですね。今回値が近似しているので、RNase Aは2状態転移するタンパク質なんですね。 | ![]() |
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そういうことになりますね。このようなサンプルの場合、2-Stateモデルでも解析できるようになりますね。 |
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ところで先生。Test Kitには「data analysis method: Integrate from 0」とわざわざ注意書きがあるのですが、これはどういうことですか? |
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解析ソフトウェアの機能に、ベースラインを差し引きした後のピークの情報を使って、エンタルピー変化とTmを求める方法があるんですよ。 |
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補足します。Integrate from 0は日本語簡易マニュアルに記載されておりません。フィッティングによる解析を行った際、データを編集しましたが、フィッティングをかける前の、ベースラインの差し引きを行う操作までは一緒です。それ以降の操作は以下の通りです。 |
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あら!?TmもNDHもフィッティングのときの値とずれているわ! |
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Integrate from 0のTmはピークトップを求めているのに対し、フィティングではフィッティングで得られたピーク面積の1/2になる温度を求めているからですね。また、NDHもIntegrate from 0は実面積ですが、フィッティングでは、フィッティングで得られたエリア面積(赤線のデータ)になるので、値は多少ずれてしまいます。フィッティング結果を見ると、実測値とフィッティングカーブにズレがありますよね? |
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そうですね。ところで、このズレですが、どこまでが許容範囲と考えられているのでしょうか? |
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Malvernの方に以前伺ったときは、SEが2%以内であれば問題ない、とのことでしたよ。 |
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ΔHが1.026E5 cal/mol(1.02 kcal/mol)なので、その2%だと2052 cal/molになるから、409 cal/molは許容範囲内、ということですね。 |
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そういうことになりますね。 |
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補足します。前回ご案内した仲村さんの質問にもありましたが、パラメータをフィッティングで求めるか、そうでないか、は測定する方にお任せをしております。2状態転移であれば、概ねフィッティングの結果もIntegrate from 0の結果も近似したものになります。それは、2状態転移のサンプルは、左右対称となるピークが得られる可能性が高いからです。よって、Tmはピークトップに近似します。一方、非2状態転移の場合は、ピークが左右対称になるとは限りません。よって、面積の1/2がピークトップになるとも限らないのです。大事なことは、常に同じ方法で解析し、比較する、ということです。 |
このようにして、仲村さんはTest Kitを用いた測定と解析を無事終了させることができました。 次回はトラブルシューティングとメンテナンスについてご案内する予定です。 |
以下の「ダウンロード」ボタンより、本文中に登場した、「VP-DSCデータ解析手順」 がダウンロードできます。
(その1でダウンロードできるものと同じです。)