MicroCal PEAQ-ITC 実験のための実践的ヒント
性能を最大限に引き出すためのトラブルシューティングと追加支援性能を最大限に引き出すためのトラブルシューティングと追加支援
はじめに
等温滴定型カロリメトリー(ITC)は、ITCセル内で発生する反応熱を検出することによって、分子間相互作用を熱力学的に調べるための最も強力で便利な手法の一つです[1–9]。ITC によって、結合親和性、駆動力、結合の化学量論やメカニズム、(脱)水和、(脱)プロトン化、塩との相互作用、相互作用する表面積、タンパク質の動的構造変化など、非常に有用な情報が得られます[1–8,10–15]。
さらに、ITC はミカエリス・メンテン式に従う酵素反応[16]や加水分解反応[17]を追跡できることに加えて、分子間相互作用の交換速度(すなわち結合・解離速度)を推定することも可能であるため[18]、多様な生物学的システムへの応用範囲が拡大しています。
過去10年間で、私たちは VP-ITC(MicroCal™、Malvern Instruments、英国)および iTC200(同)という2つのITC装置を用いて、分子間相互作用の熱力学的研究を行ってきました。そして近年、MicroCal™ PEAQ-ITC(Malvern Instruments、英国)が新たに登場しました。
この装置は、感度の高さに加えて、使いやすい洗浄モジュールや直感的な解析ソフトウェアなど、多くの利便性を備えています。そのため、MicroCal PEAQ-ITC は、結合エネルギーに対する理解をさらに深めるとともに、ITC の活用範囲を一層広げるツールとして期待されています。
こうした ITC を用いた熱量測定で、正確かつ信頼性の高いデータを得るには、実験手順をきちんと理解し、丁寧に実施することが重要です。PEAQ-ITC に関する詳細なマニュアルも複数あり、実験の成功やデータ解析に役立つ情報が豊富に掲載されています[20]。
本書では、そうしたマニュアルでは触れられていない、私たち自身の実験経験をもとに、PEAQ-ITC の性能を最大限に引き出すための、実践的で役立つヒントをご紹介します。
1. 気泡の発生
MicroCal PEAQ-ITC のセル容量は約0.2 mLと非常に小さく、従来の VP-ITC(約1.42 mL)と比較して大幅にコンパクトになっています。このような小容量設計には多くの利点があります。たとえば、必要なサンプル量や測定時間を削減できるほか、VP-ITC では検出が難しかった微細な熱変化、たとえば高濃度の塩の希釈によって生じる微小な発熱なども測定できるようになります(図1参照)。
親和性の低い分子間相互作用を調べるには、モル比を高くなるまで滴定を行う必要があり、その分多くのサンプル量が求められます。このような場合、反応がすばやく平衡に達して測定がスムーズに進むことは、再現性の確認のために何度も測定を繰り返したり、複数の条件で比較実験を行ったりするうえで、非常に重要なポイントとなります。
さらに、PEAQ-ITCのようにセル容量が小さい装置では、サンプルの凝集が起こる前に測定を完了できる可能性が高くなります。加えて、セルが小さいことで凝集の核形成が抑えられやすい点も、大きな利点といえます。
ただし、VP-ITCよりも小容量で測定を行うPEAQ-ITCでは、いくつかの注意すべき課題があることもわかってきました。以下にその詳細を紹介します。

ITCシリンジ内に10 M HCl 溶液中の 1 M NaCl を、ITCセル内の10 M HCl 溶液中のタンパク質Aに滴定した際のITC熱量測定結果(サーモグラム)を、VP-ITC(左)およびPEAQ-ITC(右)を用いて記録した。最後の滴定後に得られたITCピークは赤で示され、比較のために図中の挿入図で拡大表示されている。VP-ITCとPEAQ-ITCのいずれの測定においても、各滴定後のNaClのモル濃度は同じである。滴定量は、VP-ITCでは最初の滴定が2 µL、以降は20 µL、PEAQ-ITCでは最初の滴定が0.8 µL、以降は2.2 µLであった。
1.1 ITCセル内の気泡除去
PEAQ-ITC のような小型セルでは、わずかな気泡でも測定の妨げとなりやすく、ベースラインの乱れやスパイクノイズといった形で観測されることがあります。したがって、セル内から気泡を確実に除去することが、安定した測定の第一歩となります。
しかし、セルが小さいことで、充填時に気泡を避けて正確に溶液を注入するのがやや難しくなっています。特に VP-ITC に慣れているユーザーにとっては、より慎重な操作が求められます。
注入時にプランジャーを強く押しすぎると、溶液が飛び散り、貴重なサンプルを失う恐れがあります。一方で、注入速度が遅すぎると、セル内に気泡が残りやすくなります。したがって、「飛散させない程度の速度で、できるだけゆっくり注入する」というバランスが大切です。
また、充填後にシリンジを引き抜く際は、シリンジを軽く回転させながら抜くことで、シリンジ先端に付着した気泡がセル内に残るのを防ぐことができます。
PEAQ-ITC のセルには内部照明がついていないため、作業中は外部のライトを利用して気泡の有無を目視で確認するのが効果的です。特に、サンプルに界面活性剤が含まれている場合や、濃い色の着色サンプル(例:膜タンパク質)を扱う場合には、泡立ちやすいため一層の注意が必要です。
あらかじめ脱気処理や軽い遠心を行うことで、気泡の混入リスクを減らすことができます。最終手段として、滴定シリンジの出し入れを数回繰り返すことでセル内の気泡を完全に追い出すことも可能です。
もし、平衡化やInitial Delayの段階でサーモグラムにノイズが多く見られる場合は、測定を一旦中止し、シリンジによる充填からやり直すのがよいでしょう。
1.2 滴定シリンジ内の気泡除去
PEAQ-ITC の滴定シリンジの容量は約40 µLであり、VP-ITC(約280 µL)よりもはるかに小さいため、シリンジ内に残った気泡の影響が相対的に大きくなる点にも注意が必要です。
シリンジ内に気泡が確認された場合には、まずはPEAQ-ITC コントロールソフトウェアの下部にある 「Plunger/Refill」ボタンをクリックして、気泡の排除を試みてください。
加えて、短時間の遠心または脱気処理も有効な手段です。それでも気泡が残る場合は、次のような手順で対処することが推奨されます:
- 「Plunger Down」ボタンを押して、シリンジ内の溶液をすべて排出する
- 「Load」ボタンをクリックして再充填(この際に気泡除去に有効)
※ 必要に応じて、「Open Fill Port」→「Plunger Down」の操作を先に行ってから「Load」する方法も有効です - 気泡がまだ残る場合は、1〜2の操作を繰り返す
- それでも除去できない場合は、遠心または脱気を施した新しいサンプルでシリンジを再充填する
また、プランジャーチップの使用回数が200〜300回を超えている場合には、物理的な摩耗が気泡混入の原因となっている可能性があるため、部品の交換も検討すべきです。
なお、同じサンプルを続けて測定する場合は、シリンジを洗浄せずに再使用することも可能です(その際はセルのみ洗浄)。ただし、使用前には針先をワーキング溶液でリンスし、乾いたペーパーで丁寧に拭き取るなど、気泡やコンタミネーションを防ぐ工夫が必要です。
特に、凝集しやすいサンプルでは、シリンジ再使用の際に注意を要します。
2. ITCセル内の残留溶液
通常、ITC測定ではセルをバッファーでリンスすることが基本操作となっています。これは、滴定シリンジの中の溶液とセル内の成分をできるだけ一致させ、バックグラウンドとなる熱(コントロール熱など)を最小限に抑えるためです。
しかしながら、PEAQ-ITCのようなセル容量が小さい装置では、充填シリンジでセル内のすべての液体を完全に除去することが難しく、わずかに残った溶液によってサンプル濃度が意図せず変化してしまう可能性があります。
このような濃度のずれは、結合数(n 値)、親和定数(KA や KD)、エンタルピー変化(ΔH)、エントロピー変化(ΔS)、そしてギブズ自由エネルギー変化(ΔG)といった、熱力学的パラメータの解析精度や再現性に直接影響を及ぼします。
こうしたリスクを避けるために、セルをバッファーで洗浄した後に、実際に使用するサンプル溶液(ワーキング溶液)でセルを再度リンスすることが推奨されます。これにより、セル内の残留液とワーキング溶液の差異を最小限に抑えることができます。
3. セルリザーバー内の残留サンプル溶液
PEAQ-ITCのセルにサンプルを注入した後、シリンジをポンピング(出し入れ)して気泡を除去することがありますが、この操作によってシリンジ針部分の体積分だけ溶液がセル内から押し出されることになります。 このとき、もしセルリザーバーにサンプル溶液が残っていると、その液体が再びセル内に逆流し、結果としてセル全体がサンプルで満たされてしまう可能性があります。これは意図しない濃度変化や、測定エラーの原因となるため、リザーバー内に溶液が残っていないことを必ず確認することが重要です。
4. セルリザーバーおよびピペット固定ナットの洗浄の重要性
PEAQ-ITCには、洗浄モジュール、セルユニット、コントロール用PCが一体となった効率的かつ堅牢な自動洗浄システムが備わっています。しかしながら、粘性の高いサンプルやたんぱく質サンプルなどが、セルリザーバーやピペット固定ナットの底部に付着しやすい点には注意が必要です。
このような残留物があると、次回の測定時に不要な熱シグナルを発生させ、ITCサーモグラムにノイズやベースラインの揺れが生じる原因となります。
したがって、リザーバー内およびピペット固定ナットの底部についても定期的に丁寧に洗浄することが、再現性の高いデータを得るための鍵となります(図2参照)。

リテイニングナットは矢印とラベルで示されています。
5. 洗浄およびリンス時のエラー対処法
PEAQ-ITCの洗浄システムは非常に高感度に設計されており、わずかな異常にも即座に反応してエラーメッセージを表示します。洗浄やリンス工程でエラーが発生した場合は、次の点を順に確認してください:
- 流体ラインの接続状態:すべてのチューブやノズルが正しく接続されているか確認
- 各ボトルのキャップがきちんと閉まっているか
- 各洗浄液の量が十分であるか:以下の溶液の残量に注意
- 超純水(DDW)
- 14% DECON または 20% Contrad™ 70
- メタノール(HPLCグレードまたは同等の純度)
- 廃液ボトル(容量が限界を超えていないか)
また、洗浄モジュール、セルユニット、コントローラーPCの間のUSBや電源などの接続状態も、念のため確認しておくとよいでしょう。
6. その他のヒント
6.1 滴定シリンジ内に残ったサンプルの回収
測定後、シリンジ内に残ったサンプルは、無駄にせず再利用可能な場合があります。シリンジ針先をワーキング溶液でリンスしてから「Plunger Down」ボタンをクリックすることで、シリンジに残ったサンプルを回収することができます。
6.2 滴定シリンジ先端のリンスと注意点
滴定シリンジをITCセルに挿入する前には、シリンジ針先をワーキング溶液でリンスし、その後、柔らかいペーパーなどで丁寧に拭き取ることが重要です。この一手間を省いてしまうと、滴定溶液がITC測定前にアナライトと反応してしまうリスクがあります。
特に、滴定溶液の濃度が高い場合にはこのリンス操作が測定の成否を大きく左右することがあるため、確実に行うようにしてください。また、針先が変形すると測定精度に悪影響を及ぼすため、物理的な破損にも注意が必要です。
6.3 参照セルへのDDW補充前の注意点
参照セルに超純水(DDW)を補充する前には、セルリザーバーが清潔であることを必ず確認してください。リザーバー内が汚れていると、補充時に水がリザーバー内であふれたり、逆流してセルが汚染される恐れがあります。 このようなトラブルを未然に防ぐためにも、日頃からセルユニット全体の清掃を怠らないことが、安定した測定環境を維持するうえで非常に重要です。
まとめ
MicroCal PEAQ-ITCは、高感度で操作性に優れた装置ですが、その性能を最大限に引き出すには、装置の特性を正しく理解し、丁寧な取り扱いを心がけることが不可欠です。今回ご紹介した実践的なヒントは、日々のITC測定におけるトラブルを未然に防ぎ、精度の高いデータを効率よく取得するための指針となるはずです。
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19 Microcal PEAQ ITC Range
20 http://www.malvernpanalytical.com/
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