カロリメーターマスターへの道 Vol.7 DSC測定2回目DSC測定のポイントは溶液の充填!(その1)

カロリメーターマスターへの道 Vol.7 DSC測定2回目
DSC測定のポイントは溶液の充填!(その1)

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ここに登場する人物とストーリーはフィクションです。
テクニカルに関する内容に関しましては、大阪府立大学客員研究員 深田先生にご助言をいただいております。

 

ページ下の「ダウンロード」ボタンより、本文中に登場する、仲村さんがまとめた、
「深田先生に確認することメモ (DSC)とその回答」がダウンロードできます。

【前回までのお話】
丸番製薬の仲村さんは、VP-DSCの測定をマニュアルに従いながら実施しました。しかしながら、なかなか測定がうまくいきません。マルバーンのホームページを見ても「???」と感じることがあったので、質問事項をまとめて、深田先生のところに行くことになりました。


【今回のお話】

仲村さんは、事前に深田先生に以下のようなメールを送りました。
また、訪問前に、ホームページやマニュアルに記載してある内容で、深田先生に確認したい項目をまとめておきました。ITCの測定とはちょっと異なる点もあるようです。
深田先生。ご無沙汰しております。今日はVP-DSCの測定についてご教示、どうぞよろしくお願いします!
はい、こちらこそよろしくお願いします。
以前、メールでご連絡した通り、水ー水の測定でベースラインが右肩上がりに上昇してしまいました。これはどこに原因があったのでしょうか?
原因は様々ですが、主に言われているのが
(1) セルの気泡の混入
(2) セルの汚れ
(3) リファレンスセルとサンプルセルの溶液の違い
(4) リファレンスセルとサンプルセルの液面の高さの違い
(5) サンプルの沈澱などです。
今回は水-水測定ですので、(3)、(5)は該当しませんね。ただ、データを見ると、DP値がマイナスから始まっていますね。このことは、セルがよく洗浄されていれば(1)と(4)が原因と考えられます。操作しているところを実際に見ていませんが、液面の高さはフィリングアジャストメントシリンジで合わせたんですよね?
はい、そうです。
脱気もマニュアルに従って実施したんですよね?
はい、実施しました。
だとすると、やはり気泡の混入の可能性が高いですね。iTC200よりも溶液の量が500 uLと多くなったので、ちょっとポンピングの感覚がつかみにくかったかもしれませんね。
先生、その溶液の充填方法に関連してのことなのですが、フィリングファンネルは絶対に使わなくてはならないのでしょうか?
フィリングファンネルは、ガスタイトシリンジをセルにぶつけて傷めないようにする役割があります。これを使うと、シリンジはセルの底にぶつからないよう、数 mm程度、セルの底から浮いた状態で止まるようになっています。
それでは、溶液を取り除くときに、完全に除けなくなって、サンプル濃度が変わってしまうと思うのですが、、、
仲村さん、するどいですね!その通りです。測定目的がTmであれば影響はありませんが、エンタルピーをきちんと求めたい場合は濃度が変わるので影響を受けてしまいます。そのような場合は、フィリングファンネルを外して、完全に溶液を除く必要があります。また、操作に慣れてきて、フィリングファンネルがなくても溶液を充填、ポンピングができるようならば、必須ではありませんよ。
そうなんですね。では、iTC200の時と同様、溶液の充填には慣れが必要、ということですね。
そうですね。逆を返せば、溶液を充填する操作しかありませんので、それさえマスターすれば測定自体は難しくありません。
では、充填がうまくいった場合、DP値はどうなるべきなのでしょうか?
DPはDifferential Powerの略ですね。リファレンスセルとサンプルセルの差を見ています。同じ溶液が2つのセルに入っているのであれば、限りなくその差はゼロになるべきです。
ということは、以前測定したときに-6.5 mCal/minになっていた時点でおかしかったということなんですね。
そうですね。DSCもITC同様、ベースラインが安定する様子をきちんと確認する必要があります。DP値がマイナスになる原因としては、
(1) セルの気泡の混入
(2) セルの汚れ
(3) リファレンスセルとサンプルセルの溶液の違い  などがあります。
そういえば先生、ITCではリファレンスセルには超純水を使っていましたが、どうしてDSCでは緩衝液を使用するのですか?
水と緩衝液では熱容量の大きさが違います。また、温度依存性も緩衝液の成分によって異なるので、ベースラインの傾きも緩衝液によって変わってきます。ITCの場合は一定温度で測定を行っているので、熱容量の差が常に変わりませんから超純水でよい、ということになりますね。
なるほど、そうだったんですね。それでは実際にシステムを使って、水―水測定を実施してみてよろしいでしょうか?
はい、始めましょう。
まずはシステムとPCの電源をON。コントロールソフトウェアを立ち上げて、システムのインジケーターが点灯することを確認。ThermoVacで超純水を脱気。だいたい3~5分程度とありますね。
超純水でベースラインの安定性を確認する場合は15分程、比較的長めに脱気することをお勧めしますよ。サンプルや緩衝液の場合、長く脱気しすぎますと水分が蒸発して濃度が変わってしまいますので、3~5分程度にとどめてくださいね。
はい、わかりました。脱気が終了したので、システムを洗浄します。圧力キャップを外して、圧力センサーに圧力プラグで蓋をします。
一応、フィリングファンネルを使って、リファレンスセル内の溶液を取り除きます。DSCもITC同様、測定終了後は超純水で満たして終了しなくてはならないんですよね?
はい、その通りです。
フィリングファンネルを取り外して、セルクリーニングデバイスをセット。14% Decon90(または20% Contrad70)を300 mL流す。その後、超純水で300 mL洗浄。デバイスを取り外し、セル内に残っている超純水をガスタイトシリンジで除いてから、フィリングファンネルをセット。脱気した超純水を700 uL程度ガスタイトシリンジに入れて気泡を追い出す。サンプルセルにガスタイトシリンジを挿入し、フィリングファンネルの穴から溶液が見えるまでゆっくり注入。液面が見えたらポンピング数回。セルの入口からあふれている溶液を取り除いて、フィリングファンネルを外す。フィリングアジャストシリンジでセルの液面の高さを調節。

同じ作業をサンプルセルでも繰り返す、と。圧力プラグを外して、圧力キャップをしっかり閉める、と。モニターでPressureを確認!27 psiよりも大幅におちていないかを見るんですよね?

そうですね。ただ、この値はシステムによって異なっていますので、納品時にエンジニアの方が測定したときのデータを確認するとよろしいですよ。
どこを見ればわかりますか?
拡張子が「.dsc」の生データのテキストファイルをメモ帳で開いてみてください。測定実測値のところに圧力を示す数字が出ています。
値が20 psi以下になっているような場合は、圧力キャップの磨耗が考えられます。また、まれにキャップの内側や、システムのねじ山などにゴミなどが付いている場合もPressureが下がることがありますから注意してくださいね。
ところで仲村さん、サンプルセルを洗浄して、溶液を充填するのにどれくらいの時間がかかりましたか?
きちんと測っていませんが、10分程度でしょうか?
まずまずですね。なぜ操作にかかった時間を確認したか、と言うと、VP-DSCの測定では、サンプルを入れ替える際に測定を止めてはならないからです。
はい、取扱説明書に記載がありました。熱履歴に関係することですね。
熱履歴について補足します。DSCでは装置の性質上、測定開始直後のスキャンのデータと、それ以降のデータでは異なった位置と形で現れます。これはスキャン開始前の“熱履歴”が2スキャン目以降と違うために起こります。スキャン開始前は装置が一定温度にある状態でしたが、2スキャン目以降は前サイクルで昇温スキャン後、測定開始温度まで降温させてから次の測定スキャンがはじまります。

このように、1スキャン目は2スキャン目以降と測定が開始される前の状態が異なるので、他のスキャンとは異なった形でレスポンスが得られます。スキャンを繰り返せば、スキャン間の再現性が高くなる傾向があります。

DSCの測定では、コントロール(両方のセルに緩衝液を充填)測定とサンプル測定(リファレンスセルに緩衝液、サンプルセルにサンプルを充填)を1セットとしてデータを取得します。熱履歴が安定した状態でサンプル測定が行えるよう、サンプル測定の前日から一晩、コントロール測定を行っておくことをお勧めします。

そうですね。熱履歴が安定した状態で測定を行うためには、連続スキャンを止めることなく、コントロール測定後のクーリング時に、適切な温度まで下がったところで、圧力キャップをあけて、素早くサンプルの充填を行う必要があります。操作の慣れ状態にもよりますが、溶液の取り出し、洗浄、サンプルの充填にはだいたい10~15分程度時間がかかると思ってください。例え、操作が終了していなくても、システムは昇温を開始してしまいます。ですから、まだ操作がなれないうちは、実際のサンプルを測定する前に、水を使用して練習し、感覚を掴むことをお勧めしますよ。
はい。ちょっとどきどきしますね。
慣れれば大丈夫ですよ。それと、サンプルを充填する際にはガスタイトシリンジが乾いた状態で使ったほうが、濃度のずれが少なくなります。納品時に、ルアーロックタイプのシリンジに接続できるニードルが届いているはずです。セルから溶液を取り除いたり、簡単な洗浄などの作業を行ったりする場合にはそれを使って、サンプルを充填するときにのみガスタイトシリンジを使うようにしてもよいですね。

あと、ガスタイトシリンジは、使用後よく洗浄したら、プランジャーを外して保存するとよいですよ。まれに、緩衝液の成分が残っていたりして、プランジャーが外れなくなってしまった、という話を聞いたことがありますから。

なるほど!参考になります。ところで先生、バッファーからサンプルに入れ替える際にも洗浄操作は必要ですか?
いいえ、それは不要ですよ。
超純水の充填が完了したので、コントロールソフトウェアでパラメータの設定ですね。取扱説明書の指示に従って、システムチェックの条件を入力。
補足します。今回、仲村さんはシステムチェックを実施しますのでNumber of Scansは10にしてあります。ですが、実際のサンプル測定で、一晩で何回コントロールスキャンができるか、厳密にはわからないと思います。

測定条件にもよりますが、1測定のスキャンにかかる時間、例えば10 – 100℃で90℃/Hrならば、1時間にベースラインが安定化するまでの時間、温度が下がるまでの時間として30分程度かかると想定し、翌朝まで最低でも何回測定できるか見積もってみてください。その数よりもサンプル数分+α加えた測定回数をNumber of Scansに入力してください。Number of Scans>の数は測定時に変更が可能です。

翌朝来てみて、測定回数よりもスキャン数が多いようであれば、例えば20と設定していても、実際は15測定で済む場合は15と入力しなおし、Update Run Param.で確定してください。測定を強制終了した場合、データ取得時に不具合が生じる可能性がありますので、測定回数を変更することをお勧めします。

それでは測定を開始します。
はい、ではちょっと休憩しましょう。

その2へ続く
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